<   2008年 06月 ( 9 )   > この月の画像一覧
東武東上線シリーズⅢ 2008/6/30
電車で会った、見知らぬ人に「定年退職、おめでとうございます」って
声をかけるなんておかしいと思うでしょ。
夕方の東武東上線の中。

帰りの電車の中で、一抱えもある大きな花束を両手に抱えた
中年の女性がいました。
真っ赤なバラと、カサブランカ。
その人の回りは、甘いカサブランカの香りで包まれていました。

座席が空いて、その人の側に座ったとき、思わず声をかけて
しまいました。
「素晴らしい花束ですね。」と私。
「私の好きな花ばかり頼んでしまいました」と彼女は恥ずかしそうに
笑いました。
「生まれて初めて・・こんなに花束をもらったのは。
今日ね、定年退職の日だったんです。」

なんと、彼女は以前の私の仕事と同じ保険の営業職員。
「何にも出来ない主婦が、23年も働かせてもらいました。
今日は、最後の日だと思うと、なんだか気持ちが落ち着かなくて、
朝から変な気分でした。」

毎日外を歩かれたのでしょう。真っ黒に日焼けした首筋に
この日のための白い真珠のネックレスが誇らしげでした。

「長い間お疲れ様でした。今日はご家族とお祝いですね。」と
言うと「ありがとうございました。電車の中まで祝ってもらって
本当にうれしかったです。」と答えて、花束にうずもれる様に
電車から降りて行かれました。

定年まで勤めることが出来なかった私ですが、
なんだか私まで、一緒に定年のお祝いをしたような・・・

まだまだ、人生これから!!
元気でたくさん楽しみましょうよ。私たち同級生だから。
by genki-saitama | 2008-06-30 22:29
はれて私も埼玉都民 2008/6/28
開通した途端、大混乱の副都心線。
乗ってみました・・・・遅ればせながら・・・・

ローカルな私の町にも、この行き先。
e0061038_22453476.jpg

おーっ!東京の風が吹く。

電車に乗るときは、いつも仕事用のノートを持って
毎週鬼のように締め切りがやってくる、某新聞社の原稿を
書くのだけれど・・・
(電車に揺られると、何故か机の前にしがみついているより、
いいアイデアが浮かぶような?気がするもので。)

なんと、この電車 和光市の次は小竹向原、池袋。
アイデアひとつ浮かぶよりも早く、新宿三丁目。
e0061038_2252426.jpg

改札を出ると伊勢丹前。
e0061038_22523485.jpg

これは、お買い物電車か!!と思うほどのタイミングの良さ。

なるほど、これが池袋エリア(西武デパート・東武デパート)VS
新宿エリア(伊勢丹・高島屋)VS渋谷エリア(東急デパート)戦争。

娘は買いなれた池袋の東武デパートがいいというけれど、
私は以前住んでいた新宿の伊勢丹が懐かしい。

もっとも・・・・この日買ったのは、デパ地下の閉店間際のお惣菜売りで
特売のシュウマイ1パック。
後期高齢者予備軍の財布の紐は固いのだよ。
by genki-saitama | 2008-06-28 23:06
ジルバ・ゴーゴー・ツイスト・おばさん踊る  2008/6/25
e0061038_23341264.jpg

e0061038_23344225.jpg

ここは、有楽町のニッポン放送の、イマジンスタジオ。
オジサンバンドのビートルズナンバーに合わせて踊る60代の方々。

本日は、B&G Networkの創刊1周年記念のパーティに
行って来ました。
団塊の世代の 元boyと元girlたちのネットワークです。
(何故か蛸のイラストが必ず載ったブルーの産経新聞社系の
フリーの月刊雑誌を発行しています。)
いろいろな趣味などのグループの紹介をしていますので
ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。

写真は記念パーティのメインイベントの様子です。
1970年代に良く聴いたポップス、ベンチャーズ、ビートルズ
大学祭でよく踊りました。

モテル女の子は、男の子と組んでジルバを踊り、
私はその他大勢と集団でゴーゴーだったような・・・
ディスコにも行きましたねえ。

あの頃、田舎でディスコなんていうと、不良少年少女の巣窟みたいに
言われ、両親は怒りまくっておりましたが、
それでも、私、行きたくて行きたくて・・・・・

思わず体がリズムを取り出すのは、あの頃のなごりでしょうか・・・
気分だけは、かっこよく踊っていると思うことにして。
大人たちも踊れるこんな場所、どこかにあったらいいのに。

でも私、残念ながら、本日も昔と同じ、壁の花でした・・・・
by genki-saitama | 2008-06-26 00:16
秩父田舎暮らし撮影  2008/6/22
またまた1週間ぶりのブログ更新となってしまいました。
7月最初の動画サイト「元気埼玉チャンネル」の準備のための
作業が毎晩遅くまで続いています。

何しろ小さな小さな会社が始める大きな大きな夢へのチャレンジ
アーもっと人手が欲しい!とかもっと資金が欲しいと
わめきながら・・・・
今までで一番大変で、一番楽しい毎日です。

肝心の動画の撮影は、映像の会社の協力でどんどん進んでいます。
昨日は秩父の撮影に行ってきました。

秩父で、田舎暮らしを始めたご夫婦の取材です。
横浜暮らしの、ご夫婦。ご主人は60歳、奥様は52歳です。
お二人とも職場は都内。
都会育ちの奥様は、昔から自分の田舎が欲しいと思い続けて
いらっしゃったようです。

ご主人は沖縄が大好き、将来は沖縄に住みたいと思っていらっしゃったようです。
でも、別荘暮らしではなく、地域に溶け込んで暮らしたいというお二人は
一挙に移り住むのではなく、何回も通いながら徐々に自分の
居場所を作っていきたいという考え方。
沖縄は通うには遠すぎたようです。

そこで、偶然見つけたのが秩父。
2年かけて、今の場所に古い家を見つけました。
ほとんど毎週のように、金曜日の仕事が終ると秩父へ。

さて、そんなお二人の生活ぶりの撮影です。
お二人が、秩父の駅に着いたところから撮影スタートです。
撮影班はまるでストーカーのように二人の後を追います。
e0061038_23302382.jpg

地元のJAで買い物をするお二人。
もうすっかりJAにも顔なじみの様子。店員さんに梅漬けの作り方を
教えてもらわれたようです。
e0061038_23325148.jpg

地元の人たちとも顔なじみ。
今日は、地元の友人を招いてパーティが始まります。
e0061038_23352198.jpg

JAで買った、お稲荷さん。(胡桃入りと胡麻のお稲荷さん)
e0061038_23363051.jpg

庭で掘った(折った)筍と、近所の畑から届いたジャガイモ。
e0061038_23374795.jpg

うどん打ちの名人も参加。
e0061038_2338933.jpg

人が集まれば、沖縄大好きご主人の三線が始まります。

テーブルや椅子は、地元の材木屋さんで分けてもらった端材で二人が
作られたもの。
テレビなんか映らなくても、退屈はしないとのこと。
好奇心とパワーと柔軟な心が、田舎暮らしを楽しくさせているようです。
「人生の楽園」というけれど、自分で努力していかなくちゃ
楽園が待っていてくれるわけないというお二人。

雨が降ったり止んだりの、梅雨の時期の撮影でしたが
お二人や、地元の皆さんのご協力でいい映像が写せました。
皆さんに心から感謝!
カメラを通じて、いろんなこと教えていただきました。
皆様のためにも「元気埼玉チャンネル」を、必ず成功させようと思います。
by genki-saitama | 2008-06-22 23:52
いざ!鎌倉へ・・鎌倉古道を歩いてみたら  2008/6/16
さてさて、今度は鎌倉古道へ。
実はあんまり、歴史には興味がなかったのだけれど・・・・
ただ、このところメタボ状態が進み、なんとか運動せねばと
参加したこの「鎌倉古道」を歩く会、全行程7km。
(歴史とは程遠い不純な動機で申し訳ない。)

サテ、ここから歩き始める。
(越生線・西大家駅)
e0061038_06752.jpg

鎌倉街道は、鎌倉と各地を結んだ道路、上道・中道・下道があり
それぞれにまた枝道があったらしく、今だ全容は謎に包まれている。
本日の毛呂山(もろやま)町のこの街道は、「歴史の道」百選に
選ばれ、世界遺産の熊野古道と肩をならべるほど貴重な
歴史遺産だと地元の人は自負。
e0061038_062511.jpg

参加者は、平均年齢60歳前半。ところが、みんな元気なこと・・・・
私、一番後ろからゼイゼイハーハー。
暑い~!!!涼しい川風に吹かれているとまたもやビリ。
e0061038_064458.jpg

街道のあちこちに馬頭観音を見ることが出来ます。
信仰と一緒に、歴史は進化したのでしょうね。
昔は、この観音様に旅の無事を祈ったのでしょう。
e0061038_071124.jpg

当時の面影を一番残している場所。
地表を掘り込んで,切り通しのような掘割状の道だったそうです。
なぜかって?馬を弓矢で射られないようにしたのです。
当時は既に、側溝も作られ、土木技術が進んでいたことが
わかります。
人々が何百年も長い間踏み固めてきた道です。

諏訪の森には、1400年ほど前の古墳が多く残っています。
こんな、山の中でも権力者が、人々を治めていたのですね。
これは庚申塚。三匹のサルが塚の根元を支えています。
村に災いが入り込むのをここでくいとめるため隣の集落との
結界に建てられました。
300年前に建てられた庚申塚。
こんな山中で、ひっそりと人々の暮らしを見守り続けていたのです。
e0061038_073447.jpg


【おまけ】
さてさて、資料館でこんなもの見つけましたよ。
e0061038_07541.jpg

足踏みミシン。
「昭和28年頃から各家庭に普及し・・・・」との説明。
エッ~!!私、このミシン使ったよ。
ということは、私ももうじきこの資料館に飾られる年代???
たまりませんなあ・・ご同輩。
by genki-saitama | 2008-06-17 00:53
秩父、皆野の立沢で「おやき」の撮影 2008/6/13
このところ、ブログの更新が途絶えておりもうしわけありません。
決して、引きこもっているわけではありません。

7月からスタートする、動画サイトの撮影であちこち飛び回って
いるもので、夜はバタンキュー。健康的な毎日です。

あちこち行くと、実においしいものに出会います。
けっして三ツ星グルメではないけれど、
なつかしーい・胸がきゅーんとなるような心で味わうような食べ物。

先日行った、皆野町の立沢で食べた「天空のおやき」と「とっちゃ投げ」の
取材の様子から。

埼玉は隠れた「うどん王国」、生産量は全国第2位。
昔から埼玉は「朝まんじゅうに夜うどん」という言葉があるほど
小麦文化の地域でした。

まずは、うどんの原点、すいとんから。その昔、農作業から疲れて帰った
母ちゃんが、囲炉裏の鍋に湯を沸かし、その季節の野菜をざくざくといれ・・
そのあとは小麦をだんごに丸める暇もなく「とっちゃなげ、とっちゃなげ」。

調理班は地元の婦人会・若手。
e0061038_1935824.jpg

さあ!できた。
e0061038_194437.jpg

撮影班のお腹が鳴る。グーッ。しばしの我慢じゃ。
e0061038_1954889.jpg

80歳のおばあちゃん三人が語る立沢昔話、
「昔は夕めしは、みんなすいとんやうどんだったいねえ~」
撮影をしていると、みんな集まってくれ、エキストラを頼まなくても
協力してくださるのです。
e0061038_1857395.jpg

おばあちゃんのこの笑顔・・・最高でしょ。

稲作が出来なかった、秩父の山間部。
「朝まんじゅうに夜うどん」ならば、子供のおやつも小麦まんじゅう。
こちらは忙しい母ちゃんではなく、留守番をしていた、ばあちゃんの味。
くるくるっとまるめて、ぽいっと囲炉裏の灰の中へ。
こんがりと焼けたら、ふうふうと息を吹きかけて灰を落とし・・
天空の村の素朴な味です。

お焼きを焼いているのは、地元の建設会社の社長さん。
e0061038_1973919.jpg

ごめんなさーい。早速かじっちゃった。中は秩父の漬物「しゃくし菜」
e0061038_199087.jpg


何しろ、この地域には平らな場所がないのではと思うくらい
どこも見上げるような坂道。
山間にはりつくように、集まった人々の家。
集落に子供は横浜から移住してきた小学生二人だけ。
みんな、家族のようです。

助け合い、支えあって畑を耕し、作物を分け合い
あたたかいぬくもりのあるこの土地で生まれたご馳走です。

追伸
撮影会社の若手男性社スタッフ、なんと5個もおやきを食べ、
おばあちゃんに「今晩は泊まって行けー」と誘惑されていました。
by genki-saitama | 2008-06-13 19:17
秩父ではまだ蚕を飼っていた!!秩父の養蚕農家取材。
e0061038_1835534.jpg

「ひえーっ!気持ち悪い」
なんて言わないで。
僕たち、おかいこさん。
憧れの高級シルクのもと。
お肌をスベスベにする化粧品のもと。

ただ今シャカシャカお食事中。
e0061038_18381361.jpg

新鮮な桑の葉をたくさん食べて大きく大きくなっているところ。

先日行った、秩父の養蚕農家の取材のもようです。
このところの低温で、生育が遅れています。
(20度以下になったら、桑の葉を食べなくなるそうです。)

秩父には現在24軒の養蚕農家が残っています。
毎年、桑畑が減り、しかも農家の高齢化で養蚕農家は減っています。
江戸時代、この秩父には稲作が難しく、年貢を納めるための
手段として、米より高価な養蚕が発達したようです。
一時期は、この秩父の絹が埼玉の経済全体を動かすほど
絹織物は盛んで「秩父銘仙」として、全国にその名前が知られていました。

ただ、その豊かさも一部の問屋などが独占し、蚕を育て
糸をつむぎ、織物にするという、まさにものつくりの基本の部分は
貧しい人たちが担っていたようです。(今と変わっていないか・・・・)

写真は50年養蚕をしてきた秩父の寺尾の小池さんご夫婦です。
85歳のおじいちゃんも84歳のおばあちゃんも、いい笑顔でしょ!!
e0061038_19132459.jpg

一番たくさん蚕を育てていた頃には.1tの出荷をしていたとか。
「今の出荷量は、ほんとにおもちゃみたいなもんだヨ~」

ただ、おばあちゃんの昔話を聞くと、思わず涙がこぼれそうになるほど
過酷な「農家の嫁」の労働でした。
朝起きて一番に桑の葉の刈り取り。しっかりと太い桑の木の刈り取りは
大変な作業だったようです。
e0061038_19173566.jpg

この桑の葉を蚕たちに食べさせて、やっと自分の朝食。
最盛期には、人間の部屋も作業場として使われ
お蚕様の間で寝ていたようです。
お腹に子供がいるときは、狭くて急な階段を、桑の葉を担いで上がるのが
辛かったと、思い出話をしてくれるおばあちゃん。

朝早くから、夜遅くまで、蚕にあわせての作業。
大農家には、おばあちゃん、小姑、みんな揃って
嫁は単なる労働力、蚕さまの方がずっと大切にされていたようです。

お腹に子供がいるとき、たった5分でいいから、横になりたかったと
言う言葉に、なんだか私も切なくなって。
大きな、黒光りする柱の一本一本が、その歴史を見ていたのでしょう。

さて、7月から始まる「元気埼玉ちゃんねる」の撮影は順調に進んで
います。人手が足りないので、私がインタビュアーをやっております。
(顔は写さないという約束で・・・・)
撮影班、がんばって~!!!
e0061038_19281256.jpg

by genki-saitama | 2008-06-09 19:29
クラスター爆弾・ミューおばさんの遠吠え! 2008/6/3
先日のニュースで「クラスター爆弾の禁止」が国際会議で
議決された。

たくさんの爆弾が、小さなプロペラで一斉に空から舞い降りてくる
という悪魔のような殺人兵器。
垂直に落ちて地面にぶっつかると衝撃で爆発するが
横に倒れた場合は爆発せずに、不発弾として
草むらや畑に埋まっている。
戦争が終った後も、農作業の人、遊んでいる子供の
手足を奪い取っていく。

このクラスター爆弾の禁止の会議で、
日本も、この案に賛成票を投じたというが・・・
議長からは「思いがけず日本が賛成してくれたことは喜ばしい」という皮肉なコメントがついた。

何しろ、アメリカ、中国、ロシアは全く参加していない。
日本も、この爆弾を使用しており、そのうえ禁止表明に対して
アメリカから相当な圧力がかかったという話。

軍事大国がこの決議に参加しなかったことは腹立たしいが
もっと腹立たしいのは、この禁止条例に但し「最新型を除く」という言葉がついたこと。

要するに、新型爆弾は性能がよく不発弾になりにくいという、人道的理由らしい。

人を殺すことが目的の爆弾に、そもそも「人道的」ということはありえない。
それが正論ならば、全てを殺傷する、(人類全てを消し去ることが可能な)
核爆弾は「人道的」殺人兵器ということになる。

日本の自衛隊も、禁止条例にもとづき旧クラスター爆弾を廃止して
この人道的最新型爆弾に切り替えるらしい。
日本の長い海岸線を防衛するためには、人力の少なくて済む
このクラスター爆弾が効率がよいのだという。

力で相手をねじ伏せても、新たな紛争が生まれるだけ。
2000年も生きてきた人間がまだ戦うことをやめられない。
こんなにたくさんの命が失われているというのに、さらに多くの
人を殺すために、強い兵器が作り出されていく。

戦争の大きな原因のひとつは、「貧困」ではないかと思う。
相手の豊かさを奪うため、自国がもっと豊かになるため。

今、世界中が食糧危機になるのではないかと懸念されている。
戦いで他国の豊かさを奪う前に、世界中で「貧困」という
大きな課題に取り組むことが先決ではないかと、思えてならない。

私たちの孫やひ孫が、防衛のために使われたクラスター爆弾で
手足を失わないためにも。

(私たちが何を言っても仕方ないことだよ、と言われるけれど
嫌だということ、反対だということは決して黙っていてはいけないと
思うのですよ。
たとえおばさんの遠吠えであろうと・・・)
by genki-saitama | 2008-06-04 01:00
娘とタイ料理 2008/6/1
「給料が入ったからご馳走してあげるよ」と
娘から誘われて、銀座にあるティーヌーンという
タイ料理のレストランへ出かけてきました。

結婚が近づいてくると、今まで母にかけた苦労を少しは
悔い改めようとするのか、
はたまた、「母と娘の思い出作り」をしておこうと考えるのか
最近は良く母にお声がかかります。

銀座ファイブのビルの下に、ベトナム料理、タイ料理、韓国料理と
屋台風に並んでいる面白い場所です。
e0061038_2336165.jpg

タイ人のコックさんやウエイターさんが忙しく働き
テレビではタイの番組が流れています。

まず、定番のヤムンセン(春雨サラダ)、
e0061038_23393169.jpg

トートマンクン(海老のさつま揚げ)
e0061038_23412131.jpg

生春巻き
e0061038_23425064.jpg

このお店の人気メニューのガパオ
e0061038_23441278.jpg

みんなみんな懐かしいタイ料理です。
娘にとっては、幼稚園から小学校まで過ごしたタイの思い出に
つながるのでしょう。

娘と乾杯しながら、思い出話をする日くるなんてねえ・・・
仕事、仕事で言い訳しながら、自分のやりたいことに
夢中になった申し訳い日々を思い出し、
少しは胸がチクチクするけれど、まあ、大目に見ておくれ。

娘は私に「お母さん、いろいろありがとう」というけれど
私のほうこそ「こんな母に、我慢してくれてありがとう」
娘がこの家を出て行く日が、刻々と近づいてきます。
by genki-saitama | 2008-06-02 00:00




団塊世代の応援サイト・元気埼玉のスタッフの取材日記
by genki-saitama

【運営サイト】
団塊の世代の応援サイト「元気埼玉」
学校給食情報サイト「はなまる給食」

♪元気埼玉専用のSNS「元気日本」がスタートしました。ご希望の方に招待状をお送りいたします。コメント欄に非公開で、メールアドレスをお書き下さい。ご参加お待ちしています♪

「ミューおばさんの自己紹介」
ミューおばさんは、ポスト
団塊世代。

55歳で突然に退職し、
自分の会社を設立。
しかも全く未知の
インターネットの世界へ。

ワオーンと吠えたり、
キャイーンと
鳴いたり・・・悪戦苦闘の繰り返し。
短い足で走り回る、ミューおばさんの日記です。



【お気に入りリンク】

an annex to A Tiny Digital Photo Gallery

団塊女性の体験的リタイア生活

黒めだかのブログ

団塊の世代の中年おやじ

ねこじゃら日記

一花一葉byアツシ

四万十川と足摺岬に間にある大岐の浜

めいてい記

団塊.com

おばば奇譚

流木民

毎日手紙を描こう

南アルプス里山博物誌

たこぼう日記

団塊の女性よ これからです

気まぐれフォト日記

旅・遊・食そして住まうということについて

団塊世代のロハスな日々

七五三 昌勝のブログ

世界一小さな放送局!社長日記

つれづれ日記

春のよき日に

雲に乗りた~い

MEMORY

心にゆとりを

Auntieモナカの徒然ブログ

Happy's blog

国境の村から

さっちゃんの「晴れのち晴れ」

山椒の実

打たれ強く生きる

在日中国人女性の随筆

森林インストラクター・豊島襄のフィールド・ノート

長州より発信

団塊/熟年世代

限りあるときを輝いて



人気ブログランキングへ
にほんブログ村 地域生活ブログ 埼玉情報へ
にほんブログ村 シニア日記ブログ 団塊の世代へ

検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧